彼らは「死にたい」と言って中島さんの下を訪れるのだそうです。
中島さんは自殺を肯定していません。
林修先生の「生き様大辞典」にも紹介されていましたが、彼は他人に対して
「生きていてもらいたい」
というメッセージを発しています。
なぜ、彼は人の生を望むのでしょうか。
その問いに対する答えが中島さんの
『どうせ死んでしまうのに、なぜいま死んではいけないのか?」
に書いてあったので紹介します。
①理由はわからない。だが・・・
中島さんは死んではいけない理由について次のように述べています。
なぜ、苦しくても生きていかなければならないのか。ぼくにはわからない。ただ、こういう青年たちの「美しさ」と「真摯さ」がぼくを感動させ、そしてぼくに生きる勇気を与えてくれることも確かなのだ。ー本文より
明確な理由はないけれども、感動させる源泉である若者たちの死は中島さんにとって都合が悪いのです。さらに、こんなことも言っています。
なぜいま死んではいけないのだろうか。ぼくにはわからない。いや、たった一つだけわかっていることがある。
きみがいま死んでしまうと、ぼくは悲しい。だから、きみは死んではいけないのだ・・・・・・。ー本文より
この二つの記述から言える事は、氏はあくまでも
「自分がいやだから」
という自己中心的考えのもと、「死んではならない」という判断を下しているのです。
終わりに
この本には、中島さんのように
「通常の世界では生きづらくてたまらない人」
がどのように生きるべきか、役に立つ言葉がたくさん散りばめられています。
この書は全3章からなっています。
第1章は
「死だけを見つめていきる」
という見出しで、「死という絶対的不幸」や「なぜ「私」は死ぬと消滅するのか」という、
多くの人の頭を一度は掠めたテーマが取り扱われていて、非常に面白いのです。
第2章は
「幸福を求めない」
という見出しで、「欠点を伸ばす」ことや「グレる」ことを推奨しています。他のどの本にも書いていない毒のある内容なので、飽きずに読み進めることができますね。
第3章は
「半隠遁をめざそう」
という見出しで、社会から「中途半端に抜け出す」方法を説いています。中島さんは社会に満ち溢れる様々な行事(葬式、結婚式など)にはほぼ行かないそうです。
そういった行事を抜いて、自分の本当にやりたいことに集中するのが、氏の現在のライフスタイルだそうです。けれども、それが「幸せだ」といっているわけではなく、それでもなお「不幸だ」と断言しちゃっているあたりが面白いですね。
やはり「どうせ死んでしまう」という前提に立ってしまえば、どんなことも虚しくなってしまいますよね。
だから、多くの人はその圧倒的事実に向き合わないように生きています。ぼくも虚しさを抱えるのはいやなので、向き合わないようにしています。
中島さんは自分の根本的な問いに本気で向き合っている、数少ない人といえるでしょう。
欺瞞性をできるだけ取り除いた彼の主張は、毒は強いものの読者の胸に突き刺さってきます。
なんとなく生きづらいと思っている方はぜひ一度読んでみてください。
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