『ひとを愛することができない』 by中島義道氏

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なんどか紹介している中島さんの『ひとを愛することができない』の書評記事です。

 

中島さんは、「ひとを愛する」ことへの実感が湧かないのだそうです。

 

自分が「愛」だと思っているものは、実は愛ににた「何か」ではないか、そんな思いが消えないのだそう。

 

ぼくは「愛」を受けて育った自負がありますが、それを他人に発揮するのは得意ではありません。どうしても自分をカッコつけることを優先してしまう。

 

だから、中島さんのいうことは、全部じゃないけど、ちょっぴりわかるのです。

 

みなさんの中にも、表立っては言えないけど、多少共感できる人はいるのではないでしょうか?

 

詳しくみていきましょう。



①中島さん曰く、「ひとを愛する」意味がわからない。

さっそく引用しちゃいましょう。

 

 いきなり告白するが、「ひとを愛する」とはどういうことか、私にはよくわからない。私もいままでの人生で多少の男女を愛してきた(と思う)が、それがいかなる種類の愛に属するのかよくわからない。というより、さらに私は懐疑的であり、私ははたしてひとを愛することができるのか、私が愛だと思ってきたもの、体験してきたものは、じつは愛ではなく愛に似たほかの何かではないのか、という疑いを消すことができない。ー本文より。

 

これは先に紹介した通り。

 

しかし、そういう「愛の実感の無さ」は、世間に堂々と発表することはできません。

 

というのも、

②「人を愛すること」が、日本では「立派な人間」の必要十分条件だから

です。

 

現代日本のマジョリティ(多数派)はひとを愛することは当然であり、この能力の欠如している者を人間のかたちをした怪物のように忌み嫌う。どんなに学力があっても、仕事ができても、ひとを愛することができなければ虫けら同然だという論理を振り回す。他方、愛することさえできれば、いかなる欠点をも帳消しにするほど人間として立派なのだと考える。ー本文より。

 

たしかに、そうですよね。

 

こういう世の中では、「愛の実感が湧かない」人は生き辛いですよね。

 

 

③終わりに

中島さんの感性は、とってもマイノリティーです。世間の常識に相反しています。

だから、とっても生きにくい。

 

全うに生きようと思ってもできない、もどかしさを感じます。

 

誰でも世間と自分の感性との「ずれ」はあるでしょうが、中島さんのそれに比べたら軽い、そんな人が多いのではないでしょうか。こういう価値観を持っている人もいるんだな、ということを再確認できた本でした。

 

本当におすすめです。

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