『心が自由になる、初期仏教30の説法』は仏教の入門書にオススメの一冊!

『心が自由になる、初期仏教30の説法』を読みました。

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パイサーン・ウィサーロ師の説法を邦訳しました。初期仏教の入門書として、心を軽くする処方箋として、あなたの人生にお役立てください。ーAmazon 内容紹介より

上記の通り、仏教の入門書としてオススメ。

ぼく自身お寺に修行に行ったこともあるので座禅関連の本は読んでたんですが、具体的に「思想」に触れるのは初めてだったかも。

著者であるパイサーンさんが仏教関連の言葉を示し、それに対して訳者の浦崎さんがコメントをつける、という形式をとっています。

段落ごとの言葉も非常に少なく読みやすい構成になっとりますね。

巻末にはプロブロガーで活躍しているイケダハヤトさんの解説もありますね。

この本のポイントは誰でも読めるところ。

思想系って結構ムズカシイですよね。

だからついつい避けがちになっちゃう。

聖書とか読みたいと思いませんもんw

けれどもこの本は人々の悩みに1問1答形式で答えるものもあり、仏教に詳しくない人でもとっつきやすい内容となってますね。

ぼくもすんなり読むことができましたよ。

個人的に刺さった部分はコチラ。

病になり、死ぬ前になり

どんなに友だちが励ましの言葉をくれても

自分の苦しみは友だちが

肩代わりして減らしてくれるものではあり

ません。

 

本当に苦しみを理解してくれる

他者を求めても

それは不可能なのです。

 

自分が自分の友だちになることが大切です。ー本文より

結局自分と仲良くするってことが大事。その大事さを、この言葉は物語っています。

外部からの賞賛なり道場なり求めててもウンチなんですよ。

だって、それがなくなったらまた欲しくなっちゃいますもんね。それはタバコやお酒と同じ。

哲学者の中にも、快楽を「外部」に求める姿を「非本来」として批判する人もいます。仏教のこの教えと似通ってますが、共通項はいかに「しっかり自分と向き合うか」です。

ぼくはある確固たる思いがあってブログをやってるわけで、これは「本来的な行為」といってもいいかもしれません。

一方で、やけ食いや夜更かしをすることもよくあります。これは非本来的。まったく望んでいませんから。

ちょっと話がそれてしまいましたが、ようするに「どうやって自己満足して人生終わるか」なわけですね。

満足を目指す主体は、必ず「快楽に耐える」試練を超える必要があります。どの人も同じ。

他者からの承認も。食欲や性欲も。見栄も、虚勢も。

全てが試練。越えるか屈するか。

結局死ぬのでそれも最終的に「どーでもいい」んですが、どうせならなるたけ超えていきたいよねぇと感じます。

思想系はいろいろ考えさせられて楽しいですな。

というわけで若干話がそれましたが、仏教に関する最初の一冊としてぜひ!

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