色んなことに手を出す、「無駄の多い」行動に価値はある!?

お前の行動には「無駄が多い」、という言葉を言われたことがあります。

確かにぼくは無駄の多い人間で、読書に1年半費やし、インターンで休学し、ブログをやってバンドをやってプログラミングコードを書いたりしてます。

「で、お前はなにを得たの!?」

いろんなことに手を出す生活を送っていると、こういう声が聞こえてきそうです。

今のは個人的な話も含んでますが、読者のみなさんも、「自分の行動には一貫性がない」と悩んでる方はいるのではないでしょうか。

ひとつの道に邁進する「職人気質」なひとはすごくかっこよく見えますし、そういう一本気な生き方を「美徳」と捉える方もいるでしょう。

しかし、ぼくは行動に一見した「無駄」があったって、「別に悩む必要はない」と考えています。

好奇心旺盛な証拠

無駄の多い行動の背景には、多様な領域に対して「やってみたい」と思う気持ちがあります。

人よりも抜きん出てやりたいことが多く、好奇心に溢れている証拠と言えますよね。

逆に「やってみたいけど…」と言い訳するよりよっぽど良いのでないかと。

将来、経験がつながる可能性もあるんじゃね?

ぼくは昔ピアノを習っていました。特にピアニストになりたいわけでもなかったのですが、なんとなく5年くらいやっていたんですよね。

その経験は、大学時代のバンドに活きました。

相対音感があるので音程がズレていると指摘できます(性格的に指摘しづらいんですけどもw)。

この経験から、意外にも興味本位で経験したことが、意外な局面で役に立つこともあるのです。

ブログ運営だって、もともと趣味で始め、お陰様で収益が発生するまでに至りました。

手を出す行為が、他の領域で活きる可能性もあるわけですよ。

その場が楽しければいいという価値観

少しヒッピー的な響きにはなりますが、「今を楽しめているからよくね?」的な価値観に基づけば、とりあえずやりたいことをやっている状態そのものは肯定されますよね。

大ベストセラー『嫌われる勇気』では「今を生きる」価値観を「エネルゲイア的な生き方」と表現しています。

何か目的をもって一つのことに集中し続けるのも良いですが、刹那的な生き方もアリ、という見方もできますよね。

自分自身を肯定したかったんですすいません。

現在、ぼくは社会人2年目なんですけども、色んなことに手を出してきました。

学生時代にはバイトを10種類くらいやって、海外インターンに行って、旅行に行って、バンドやって、ブログ開設して。

社会人になっても、漫才コンテストに出たり、音楽のオーディションを受けてみたり、旅行しまくったり。止まるところを知りません。

 

….おわかりでしょうか。この記事は、半分は自身の半生を肯定するために書いたのですよ!!!!