さまざまなことに手を出す「無駄の多い行動」に価値はあるのか!?

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お前の行動には「無駄が多い」、という言葉を聞きました。

確かにぼくは無駄の多い人間で、読書に1年半費やし、インターンで休学し、ブログをやってバンドをやったプログラミングコードを書いています。

「で、お前はなにを得たの!?」

いろんなことに手を出す生活を送っていると、こういう声が聞こえてきそうです。

今のは個人的な話も含んでますが、読者のみなさんも、「自分の行動には一貫性がない」と悩んでる方はいるのではないでしょうか。

ひとつの道に邁進する「職人気質」なひとはすごくかっこよく見えますし、そういう一本気な生き方を「美徳」と捉える方もいるでしょう。

しかし、ぼくは行動に一見した「無駄」があったって、「別に悩む必要はない」と考えています。

好奇心旺盛な証拠

いろんなことに手を出すって、言い換えれば好奇心旺盛な証拠だと思うんですよね。

「興味が乗り移ってしまって、ひとつのことに集中できない!」と悩んでる方もいるかもしれませんが、それは逆にひとより興味の対象が広く、それ自体が武器になるかもしれません。

変にコンプレックス抱える必要は全くないと思いますがね・・・。

ひとつのことに集中してたらその分いろんな可能性をぶっつぶしてるとも言えますし・・・。

将来、経験がつながる可能性もあるんじゃね?

「点と点がつながる」。いい尽くされた言葉ではあります。しかし、なぜいい尽くされてるかというと、「点と点がつながる」という言葉は真実性が高いからではないでしょうか?

もし多くのひとにあてはまらない、いわば「間違った」考えであれば、点と点がつながるなんて言葉は説得力に欠け、広まらないでしょうし・・・。

がむしゃらに色んな経験をつんでいるからこそ、時間が経った時に、当時は思いもつかなかった点と点がくっつくこともあるのではないでしょうか。

その場で没頭できていればいいという価値観

なぜ場当たりてきに色んなものに手をだしてしまうか。それは、その瞬間に「あっちのが面白そう!」と思うからですよね?

色んな解釈があるとは思いますが、個人的には時間は「今の連続」で、その今をどれだけ充実させられるかが大事だと思ってます。

なので、その考えでいくと、その場その場でどんどん興味が移ってしまっても、瞬間に没頭できていれば勝ち、ということができます。

終わりに

いかがでしたか?

上記の理由から、ぼくは別にひとつのことを頑張る必要は全くないと思ってます。

ひとつのことに集中したいひとはそれでいいし、興味が移っちゃうんだったらどんどん移行すればいいんですよね。






ABOUTこの記事をかいた人

毎日1000回読まれる書評系ブログの中の人。音楽と漫才をライフワークにし、自然溢れるのどかな場所に家を買うのが夢。